理想的な音楽再生への遠い道

現状

 

 スピーカーはF特(Frequency characteristic:周波数特性)では語れないと言うのが長い間、オーディオ界の定説でした。

 無理もない話だと思います。

 スピーカーは振動板を空気の重さに逆らって1秒間に1万回以上も振動させなければなりません。

 1万回も振動させるには軽いことが必要で、大きな音を出すには大面積が必要です。

 軽くて分割振動(一様ではなく乱れ動く状態)をせず、再生帯域内に共振点を持たず、大音量でも歪まない直線性(Linearity=リニアリティ)が要求されます。

 その上で、限りなく平坦(フラット)な周波数特性と広い範囲に均一に放射できる性能を実現することは不可能だと思われます。

 振動板の面積を大きくすれば高域が出にくくなり指向特性が劣化し、面積を小さくすると大きな音が出せなくなります。

 分割振動をしない強固な振動板は重くなり高域が出ず、薄くて軽く、堅いものにすれば今度は鋭く高い形の共振が生じます。

 分割振動や共振があるとその付近の位相が大きく変化して音が遅れる「群遅延(Group delay)」が発生します。
 群遅延で特定の帯域の音が遅れると結果的に音の歪みや定位、奥行き感などに大きな影響を与えます。

 このように多くの要素があちらを立てればこちらが立たない、トレードオフの関係にあるため一つのユニットで全てを満たすことはほぼ不可能と言えるでしょう。

マルチユニット方式

 
 そこで、帯域を分割して複数のユニットに受け持たせる「マルチユニット方式」が高性能スピーカーシステムを実現する現実的な手段となります。

 多くのメーカー製マルチユニットによるスピーカーシステムは帯域の分割を L/Cネットワーク で行っています。

 L/Cネットワークを使うことで周波数特性などの特性を製造メーカーで完成させて出荷できことと、ユーザーは一台のパワーアンプで鳴らせるという大きなメリットがあります。

 しかし、原理的に信号の位相が遅れるコイルと進むコンデンサーで構成される L/Cネットワーク は本質的に大きな位相の変化を伴い、特にクロスオーバー周波数付近での定位感などに大きな影響を与えてしまいます。

 また、アンプはこの L/Cネットワーク を経由してユニットを駆動しなければならず、アンプの制動力がネットワークコイルの抵抗分などで阻害され、制動力が低下し歯切れの悪い低音になるなどの弊害も生じます。

マルチアンプ方式

 

 再生帯域を制限することで理想に近い性能を持つユニットが可能となります。

 そしてアンプと直結することで各ユニットの能力を100%発揮させることが可能となります。

 これがマルチアンプ方式です。

 帯域を分割するデバイダーはアンプとユニットの間に存在する L/Cネットワーク ではなく、パワーアンプ前のCR素子やNFBアンプによるアナログフィルターで実現されます。

 このアナログ方式ではコイルの抵抗分による弊害はなくなりますが、コンデンサーによる位相の変化は避けられず、6dB/oct.以上の減衰特性を持つフィルターは位相の変化が急激となり音の劣化は避けられない状況でした。

 アナログ方式に対してデジタル方式によるフィルターでは96dB/oct.といった急峻なフィルターも簡単に作れますが「IIR型」のフィルターを使うと位相の変化を伴ってしまいます。

 これに対して「FIR型」のフィルターを利用すると位相が変化しない直線位相(Linear phase)型のチャンネルデバイダーが実現出来ます。

DIY(自作)オーディオ

 

  もし、今から改めて高忠実度再生を目指すオーディオシステムを構築するなら最初からマルチアンプ方式とすることを強くお薦めします。

 個々のユニットもこの数十年で信じられない程の進歩があり、一部の先進的なメーカーでは優秀な物理特性と平坦な周波数特性を両立した素晴らしいユニットを世界中に供給しています。

 その一方で、材料などに物量を投入し、見かけの性能は向上させながらも、聴感上最も敏感(重要)な中音域に大きなピーク成分があり、強烈なクセを持つ製品がいまだに開発され続けているのは残念です。

 基本性能の優れたユニットを、直線位相のデバイダーで適切な帯域に分割して受け持たせ、必要なパワーを持つ専用のアンプでドライブする「マルチアンプドライブ方式」はオーディオ全盛期の夢を今、高い完成度で実現出来る環境が整ってきました。

室内の音響特性

 

 DIYによるマルチアンプ方式や L/Cネットワーク によるメーカー製スピーカーシステムを理想的な状態にチューニングできたとしても、その音は室内空間を通過する際に部屋の定在波
などによる影響を大きく受けることになります。(14日、ここまで)

 さらに、壁や家具、天井や床などによるランダムな反射や吸音によって、リスニングポジションに到達するまでには大きく変形されてしまいます。

 そもそもユニットやそれらを組み合わせて完成させたスピーカーシステムは、周波数、位相、群遅延などの諸特性をシステム単体で理想化することは極めて困難であり、更に設置する部屋の影響を大きく受けてしまう存在です。

 言われ続けてきた「スピーカーはF特では語れない」の背景には
1.理想的な特性のユニットが「作れない、使えない」の言い訳
2.部屋の影響を強く受けるためユニットだけで音は決まらない
 という二つの要素が強く影響していたと考えられます。

 また、音楽を聴くリスニングポイントでの周波数特性にかなり大きなピークやディップがじていても本人がそれに気付くことは極めて希です。

 帯域が広く、2dB以上の特性の上下は強いクセのある音になります。

ある種の「魅力」や「鮮度」と錯覚している事例も少なからず見かけます。
 お気に入りの音楽を魅力たっぷりに奏でる装置に出逢うことは少な
くありませんが他の音源では強烈なクセを感じる場合がほとんどです。

 今、改めて、原音を高い忠実度で再生する ”Hi-Fi”(high fidelity)を
達成する上で最後のボトルネックとなっているスピーカーと室内音響
特性の改善が最も重要だと考えています。

< DD66000を開発したJBLの元チーフエンジニア >
 デジタル音響処理技術を利用した製品でDD66000
 をマルチアンプ化。スピーカーとルーム補正を実施

 

今後

 

 現在のオーディオ界におけるトレンドはデジタル音響処理技術で
初めて可能となるスピーカーや再生空間の問題解決に積極的に取り
組むことです。
 では、今、これらの問題解決がなぜ最重要なのでしょうか。

 それは、音源からリスナーまでのシステムで音質を決定する要素
のうち、最後に残ったボトルネックだからです。 

 例えば電源やスピーカー、信号ライン用などの接続コードが音質
に与える影響はスピーカーや再生空間による影響に比べて10万分の
1以下(-100dB以上)だと考えます。
 更に、「音質が良くなる接続コード」というのは理論上存在せず、
違いがあるとすれば「音質が劣化する」コードがあるだけです。

 例えばコードが信号を運ぶ道路だとします。
 その道路が余りにも凸凹だとトラックに積んだ荷物が振動で壊れ
てしまうかもしれません。
 アナログ信号が「獲れたての鮮魚」で、デジタル信号は「その場
で冷凍した鮮魚」に例えることができます。
 凸凹道を輸送した場合どちらのダメージが大きいかは明かです。
 そして、どちらにしても道が平坦なほど新鮮な状態で届けること
ができます。
 トラックで運送すると鮮度が下がることはあっても良くなること
はありません。
 接続コードも同じで、元の信号より良くなることはないのです。

<閑話休題>
※ オーディオ用の接続電線はこの業界ではなぜか「ケーブル」と
呼ばれます。
 私の中では「コード」の方がシックリくるのですが・・・・

 気になるので少し調べてみました。

コードとは
・銅などの導体に絶縁性の被覆を施したもの。
・絶縁電線とも言い「可とう性(柔軟で折り曲げることが可能)」がある。
・例えば屋内で使用される小型の電気機器の電源コードには差し込みプラグを取り付けて使 用する。

ケーブルとは
・絶縁電線の上を外装でカバーされているもの。
・安全性や耐久性が高く構造物に固定するような場合に用いる。

私が持つ「ケーブル」という言葉のイメージは・・・

● 海底ケーブルや地中ケーブル、屋内配線用のVVFケーブル、テレビアンテナ用の同軸ケーブル、光ケーブルなどがある。

注)同軸ケーブルは正式には「発泡ポリエチレン絶縁ビニルシース同軸ケーブル」と呼ばれ、英語では「COAXIAL CABLE」となる。

注)光ケーブルは光ファイバーコードにシースと呼ばれる保護被覆を施したもの

 オーディオの世界では素手で曲げられないほど強靱で、接続する
機器のコネクターを破壊する可能性を秘めた単芯銅線のコードなど
が売られています。
 また、数百万円の値が付いたスピーカーコードに至っては・・・

 接続コードによる音質の変化(劣化)を巨大な競泳用プールに
一滴の汗が混ざることに例えてみましょう。
 選手の額から汗が落ちたのを見てしまった人は「水が濁った」と
か「塩っぱくなった」と言うかもしれません。
 でも、見ていなかった人はそんな変化は全く感じません。

 あるいは、知らぬ間に交換された接続コードやACプラグの違いに
よる音の変化を確実に判別できる人がいたら私はその人を聴覚の神
として尊敬します。

 もちろんスピーカー用のコードに髪の毛より細い電線を使うよう
なことは論外ですが、用途に合わせて適正に作られたコードによる
音質の変化はほとんどの人にとっては無視し得るレベルです。

 また、デジタル信号で成り立つCDやネットワークプレーヤーなど
は価格と無関係に優劣を付けられないレベルまで進化しています。

 ただし、パワーアンプは少々事情が異なり駆動するスピーカーと
の相性が少なからず存在します。

 例えば真空管アンプの全盛期に開発されたスピーカーシステムな
どは、今日的なDF(ダンピングファクター)値の高いアンプで駆動
すると思ったより低音が出ないといった場合がよくあります。
 この場合、真空管アンプの方が低音が良く出て素晴らしい!とい
うことではなく技術的に検証が可能な単なる相性の問題なのです。

 ここで注意が必要なのは「音を比較」する場合の落とし穴です。
 画質は映像用のモニターを並べて同時(瞬時)に比較することが
可能です。
 しかし、音は同時には比較できないため同じフレーズを順番に聞くか
フレーズの途中で切り替えることになります。

 順番に聞く場合、記憶した過去の音との比較となりますが、これは
人間(脳)が一番苦手な情報処理となります。

 1分前に聞いた音(フレーズ)は様々なイメージとしては覚えて
いても正確さを求めることは不可能です。
 何かを変えて同じフレーズを聞いてもその違いを正確に述べること
は不可で、あくまでもイメージの違いとして述べるにとどまります。

 音の評価は同じ場所に居る声の大きな人(あるいは自身)が決定
します。
 

改めて周波数特性

 

 これに対して音に対する聴覚能力の特に高い人では500Hz~5kHz
の広い帯域で±0.5dBの周波数特性の違いで強い差異を感じます。
 ±2dB以上の違いなら聴覚能力にかかわらず、ほとんどの人がその
違いを感じることが出来ます。

 昔、アナログレコードの再生に必要なEQ(イコライザー)アンプ
では補正カーブの偏差が小さいほど優れた製品だとされました。
 ±0.5dB以内が求められる中で、高級品は±0.2dB程度に抑えること
が求められました。
 

続く・・・・・